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■鎌倉 北橋(2024)
~鎌倉市景観重要建築物

 『旧加賀谷邸』保存・活用プロジェクト~
 鎌倉市景観重要建築物に指定された旧加賀
谷邸(指定年月日:2009年3月2日)は、
コンバージョンと呼ばれる、いわゆる用途変
更を含むリノベーションにより蕎麦とシング
ルオリジン珈琲を提供する「鎌倉 北橋」に
生まれ変わりました。「鎌倉 北橋」が掲げ
るコンセプトは『クラフト』です。来店客に
自然とそのコンセプトを感じていただけるよ
うなプランニングを、店主の北橋さんをはじ
めとする運営チームとともに練り上げていき
ました。このリノベーションが5年近い歳月
を経て実現に至る背景は最後に書かせていた
だいております。
<アプローチ>
 甘縄神社の参道を歩いてくると「北橋」と
書かれた静かで存在感のある看板が現れ、し
っとりとした敷石の露地へといざなってくれ
ます。少し奥には蕎麦・珈琲それぞれの入り
口を示す案内板が趣を変えて立っています。
これらの看板は鍛造家・田中潤氏による製作
で、重厚な素材感とモダンで軽やかな空気感
が歴史的建築物という舞台でチャレンジする
「鎌倉 北橋」を象徴しています。
<打ち場・麺機室>
 暖簾をくぐり客席のある和室へと向かう来
店客は、蕎麦打ち場と麵機室の前を通り廊下
を進みます。ガラス越しに見える大きな白木
の打ち台や壁に掛けられた麵棒からは日々蕎
麦を打つ店主の気配が伝わってきます。麺機
室は収穫された玄蕎麦を下処理するための機
械が並び、言わば蕎麦畑と打ち場をつなぐ重
要な場所です。打ち場と麵機室の床・壁・天
井の仕上げは作業性や日々の手入れを考慮し
た素材を選定し、塗装も打ち台・麺棒・各機
械が映える色使いとしました。
<和室>
 ふた間続きの和室は丈夫な和紙の畳に椅子
座としました。天井や長押・柱などの木部は
経年変化による風合いを残すため丁寧な清掃
のみとしました。 壁は控えめな色味の京壁
(土壁)とし当時の面影を再現しています。
下がり壁や床の間の下地窓も傷んだ竹を取り
換えたことで空間に力強さが戻りました。襖
・障子は建付けを調整し、紙を貼り直した上
で再利用しています。テーブル・椅子は全て
タモ材で、現代の「匠」を自負する飛騨の職
人集団による製作です。和風照明は京都祇園
で手作りされているもので、吉野杉で組まれ
た六角形の細いフレーミングが和室全体を引
き締めてくれます。
<縁側>
 芝生の庭に面した縁側は下屋の垂木と丸太
の桁が現しとなっており、深みのある独特な
表情が建物の過ごしてきた時間の長さを感じ
させてくれます。床板は桧の無垢材ですが、
古色に合わせるのではなく自然な変化に委ね
るため無塗装としています。冬場の足元の寒
さを考慮し縁側のみ床暖房を採用しています。
また、配置したテーブルは、天板は和室と同
じタモ材ですが脚を鍛造による特注としてい
ます。力強い造形は和室からも眺められ店主
の妥協のない店づくりを象徴しています。製
作は看板と同じ鍛造家・田中潤氏によります。
<トイレ>
 腰壁を耐水性のあるシックな濃灰モルタル
で仕上げ、壁上部と天井を桧の無垢材で仕上
げました。無塗装の桧はしばらくの間、独特
の清涼感のある芳香を放ちます。飲食店にお
けるトイレ空間のクオリティーはリピーター
数にも影響を与える重要な要素と認識してお
り、鏡の高さや衛生機器の選定など居心地の
良さを追求し丁寧に設計しています。
<洋館>
 地域のランドマークとなっている洋館は、
かつてダンスホールとして使われていた時期
もあったそうです。庭側から階段を数段登り
室内に入ると、縦長の上げ下げ窓と高い天井
の空間に包まれます。この洋館はカフェとし
て生まれ変わりました。正面にナラ材で仕上
げた一続きの大きな注文カウンターを設置し
ました。5m近い高さの天井には手作りのシ
ャンデリアとともにシーリングファンを設置
し空気の流動を促しています。南側の窓辺に
はカウンターテーブルを設置しており、庭を
眺めながら珈琲を楽しむことができます。午
前中早い時間帯は、注文カウンター越しに店
主の蕎麦打ちを見ることができます。
<背景>
 平加賀谷邸は第一種低層住居専用地域内に
あり、店舗をつくる場合でも住宅と兼ねた上
でかつ最大でも店舗部分の面積が50㎡を超
えることはできません。よって店舗部分だけ
で150㎡弱の計画となる「鎌倉 北橋」は通
常の建築基準法の枠では捌けません。プロジ
ェクトチームは、歴史的価値ある建築物を将
来にわたって良好な状態で保存・活用するた
めの仕組み「鎌倉市歴史的建築物の保存およ
び活用に関する条例」によるコンバージョン
の道を探りました。実現までには、近隣住民
の理解を得るのはもちろん、鎌倉市をはじめ、
建築専門委員、景観審議会、建築審査会など
各方面のコンセンサスが必要となります。そ
の為、コロナ禍の影響もある中、竣工まで5
年近い歳月を経ることとなりました。この条
例は、歴史的価値保存の観点から、意匠上の
変更に一定の制限を設けています。加賀谷邸
の場合、地域のランドマークとして特徴とな
っている洋館部分の外観や内部のマントルピ
ースの保存、和風建築の主屋も外壁はオリジ
ナルに近い板張りや漆喰による復元、和室は
床の間・飾り棚の構成維持や土壁による仕上
げなどが挙げられます。

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